先月、次男が帰省したので久しぶりに一緒に山に登ろうということになり、妻も含め3人で比叡山に登りました。何度も登ったことがあり、最初のうちは急登だけど、途中からはさほどでもないという記憶でした。でも、全然違いました。
修学院駅を出発し、曼殊院、関西セミナーハウスを通り、雲母坂(きららざか)登山口に入ると、確かに記憶通り急登になりました。これがなかなか手強く、よく登っていた頃より米袋2〜3袋分も増量した身体から汗がピュルルルと吹き出します。追い打ちをかけるように、地図を確認した次男がひと言「なにげにまだ高低差600m以上あるね」じぇじぇじぇ!もうだいぶ登ってきたと思ったのに、全然じゃないか・・・トレッキングポールを持ってくれば良かったと後悔しながら、なるべくペースを乱さないように登り続けます。
一方、妻は予想に反してヒョイヒョイと登っていくではありませんか。毎朝ウォーキングに出かけ、小一時間ほど歩き続けているからでしょう、あまり息が乱れている様子もなく、気づくとはるか上で私が登ってくるのを心配そうに見ているのです。ぐぐぐ、こんなはずじゃなかった・・・。

こまめに水分補給をしていたのですが、飲んだ先から汗になって出ていくとしか思えないほど汗で流れ出て、首に巻いたタオルは、何度絞ったことか。もちろん、1リットル以上持っていたはずの水は底をつき、妻から分けてもらう始末。そして、ついには太ももがピクピク攣り始め、思うように前進できなくなりました。それでも途中でリタイアできるはずもなく、何とか展望台駐車場まで辿り着きました。頂上まではあと少しですが、私はここでサミットを断念、妻と次男が頂上を極めて降りて来るのをそこで待ち、最後はケーブルカーで琵琶湖側へ降りてきました。

残雪期の北アルプスで北穂高岳や奥穂高岳に登頂したかつての栄光はどこへ?自転車で琵琶湖を1周するビワイチを単独ワンデーでやったのはわずか8年前。なのに何とも情けない・・・。
でも、嬉しいこともあったのです。北アルプスの表銀座縦走と呼ばれるコースに次男を連れて行ったのは、彼が小学5年生の時でした。その彼が、私の後ろにピタッとついて、サポートし続けてくれたのです。余計な声掛けや不要な心配はせず、もちろん手を出すこともせず、ただ何かあった時にすぐ支えられるくらいの距離感でついてきてくれていました。安心感と心強さを感じながら、立場が完全に逆転したことを痛感しつつ、頼もしくなったなと感慨深いものがありました。
「子どもは育てたように育つ」と教えられたことがあります。ひどく甘やかせば甘えた考えが抜けなくなるし、叩けば叩くようになる。幼いうちから責任を負わせれば、責任感を持つようになるし、赦せば赦すようになる。頼もしく成長した次男の姿を心の中で喜びながら、子どもの成長は早いなと思ったのでした。
園長:新井 純