韓国で幼稚園受験が過熱しすぎたため、今年の10月から入園テストが法律で禁止されることになったというニュースを見ました。ひゃ〜、そんなことになっていたなんて、驚き桃の木ポール牧です。確かに、厳しい学歴社会の韓国では、大学受験日に遅刻しそうになった生徒をパトカーで受験会場に送り届けるなどという映像を見たことはあります。それも驚きますが、日本でも受験戦争などという言葉があるくらいですから、「パトカーで送り届けるって凄いな」くらいなものでした。それが、ついには幼稚園受験を法律で制限しなければならないところまで行ったと知り、潰されていく子どもたちの心を思い、切なくなりました。
ことあるごとにお話ししたり書いたりしていますが、乳幼児期にはその時々にすべきことがあります。それは、学習やお稽古事のことではありません。人間が人間らしく成長していくために必要なステップの話です。早期教育の有効性を否定するつもりはなく、有名なピアノやヴァイオリンの奏者などは幼い頃からその楽器に触れているようですし、歌舞伎や狂言など日本の伝統芸能の世界では、これを継承するために物心つく頃からお稽古を始めるようです。でも、一部の例外を除いては、原則として習い事や学習は本人の意欲がなければ身に付かないということを覚えておかねばなりません。そうでなければ、子どもは単にそれを押し付けられるストレスしか感じませんし、決して良いものとして受け入れることはないのです。私たち大人でもそうですからね。
むしろ、乳幼児期に必要なのは愛着形成です。私は愛されている、私は存在していて良いのだ、子どもたちがそう思える関係性や居場所を見出し、自らの存在を肯定できるようになってこそ、次のステップである生きる知恵や力を学習する段階へと進み、それらを積み重ねていくことができるのです。そのためには、保護者をはじめ信頼できる大人たちの見守りの中で、甘えたり、泣いたり、怒ったり、叱られたり、そういうごくごく単純なことを繰り返し、必ず訪れる反抗期なども受け止めてもらいながらそれを乗り越え、命の基礎固めをしていくわけです。もしそれをしなければならない乳幼児期に、大人を喜ばせるための「学習」に時間や労力や心を割かねばならなかったら、甘えられず、わがままを言えず、素直に泣けず、怒ることも許されず、叱られることもないまま、その子の人格の基礎はガタガタになり、その上に積み上げられた見せかけのものは、やがて脆くも崩れ去ってしまうのです。例えば、甘えたりなかった幼少期を過ごした子が、17歳になってから「ママー!」と突然甘えることはできないのです。
だから、今は一緒の時間をたくさん過ごし、子育てを楽しんでください。必要に応じてしっかり叱ることもし、親子の絆を確かなものにしてください。それが肥料になるのです。
園長:新井純